本書はなかなか野心的な本である。著者はいずれも大学の先生でおられるが、本書で国際経営と言語の問題を取り上げる。国際経営論の中でも言語の問題を取り上げるのはあまり例が無いらしい。
著者らは、中長期的には「日本の多国籍企業は日本語による国際経営から英語による国際経営にすべきではないか」と提言する。何故か。
まず、言語コスト。英語と日本語の翻訳や通訳を介している時間やお金が大きい。
次に、情報量の違い。英語なら世界中から情報を得られる。
そして、優秀な人材の登用。海外子会社の社長などを現地の優秀なスタッフにやらせた方が業績も上がる。
これらの主張を丹念に実例を示して解きほぐす。紹介されているさまざま実例が面白い。例えば、日本の総合商社は英語での経営が行われているのではないか、と印象を持つ方も少なくないかもしれない。著者はこの点、「日本人の日本語による国際経営の特徴は、製造業よりも総合商社のほうに強く見られる。」と指摘する。これは筆者も実感している。また、日本企業の海外駐在の若い社員が、現地人への説明のために日本の本社から送付される日本語の情報の翻訳・抄訳に腐心している実情などにも言及する。「言語コスト」とはこういう点を指している。
さて、英語を母国語としない欧州の企業やアジアの企業はいったいどうしているのか。
著者らの調査によれば、ドイツやオランダの企業も社内で英語が使われるようになったのは80-90年代の出来事であるという。また、台湾の新興企業が近年英語で業務をしている例をつぶさに紹介する。韓国の財閥系企業が社員の英語力向上に力を入れている様子をレポートする。日本の企業でも「スミダ・コーポレーション」の例が採り上げられている。
約4年前に出版された本だが、あまり話題になった記憶がない。著者らの調査は功績だし、その指摘は的を得ていると思うが、こういう本が話題にならない日本の現状自体がやはり少々問題なのだろうか。