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和書 492116 (280)



環境の思想家たち 上 古代-近代編 (エコロジーの思想)
販売元: みすず書房

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環境の思想家たち 下 現代編 (エコロジーの思想)
販売元: みすず書房

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自然との和解への道〈上〉 (エコロジーの思想)
販売元: みすず書房

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自然との和解への道〈下〉 (エコロジーの思想)
販売元: みすず書房

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エゴ・スム―主体と変装 (思考の響応 (4))
販売元: 朝日出版社

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 ジャン・リュック・ナンシーはデカルトを改めて読解する。
エゴ・スムとは、ラテン語で、我、在りという意味。存在論を展開していく。コギト=ラテン語でいう、我思うでは、措定されきらない我というもの。思考に思考を当てはめてみても、はみ出してしまう過剰。思考の反省的ないし、思考の二重性がまじわって、自己を開始するがために、思考の純粋な思考の可能性からはみ出してしまう。それゆえに、こうした思考の同一性は自分自身を超過する過剰となる。
思考は我を捕まえきれずに、常に後追いに徹してしまう。
「我レ在リ、我レ存在ス」は、ある一定の解釈上の脈略の中で提起されたこととは裏腹に、間違っても、コギトの、現代的な意味での「実在性」などを含意していないし、またデカルトの実存主義などというものもまったく含意していない。ここでは、「存在スル」は、エゴ〈我レ〉によってーこの言表行為の第一人称によってー規定されている。
EGO SUMと言表することによって自らを措定する〈我〉は、自我の本性ないし実体を言い尽くすものではない。
 主体は古代の深淵の中に身を没する。しかしエゴはこの深淵の中で自己を言表する。つまりエゴはその中で自己を外在化するのである。




エゴイストの共存―人間・倫理・政治 (現代自由学芸叢書)
販売元: 創文社

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人間の本質を論じて、倫理・政治についても人間という生物の必然的帰結としてその性質を述べている。

こんなにわかりやすく、しかも刺激的で大胆な議論を展開してるにもかかわらずほとんど突っ込まれてないなんて筆者は無念を通り越して苦笑いしてるんじゃないかな。フルボッコされてもおかしくなさそうなことばっか書いてあるのに。


私は人間や社会に関する基本的な考え方についてこの本に書いてあることに大変影響を受けたと思います。
そのことを表明しておきますよ、平尾さん。




壊死と再生 (腹腔鏡)
販売元: 日本医学館

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入門 論語の読み方―人間孔子の魅力と論語に学ぶ人生の知恵 (エスカルゴ・ブックス)
販売元: 日本実業出版社

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エステティカ―イタリアの美学 クローチェ&パレイゾン
販売元: ナカニシヤ出版

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エスニックの次元―『日本哲学』創始のために
販売元: 勁草書房

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美学の専門家による、「哲学的」提言の一書である。
明治維新以来、西洋的な知の枠組みの中でしか思考をしてこなかった
日本のアカデミズムが徹底的に批判されている。

氏が唱える「エスニックな」思索の基盤とは
自らの生活の中から、自らの歴史を背景として、自らの問いを立てる、
という至極「まっとうな」スタンスであるという。

哲学が往々にして哲学史としてしか捉えられていない現状を
そのスタイル、行動様式の拘束であると論破している舌鋒は
一般人の感覚からすると、至極当たり前に感じるが、
そんなことを改めて語らねばならないという点に
アカデミズムの病巣の深さを見る思いではある。


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