例えば、高温における耐食性金属で有名な「インコネル600」があるが、これを使用する要求を顧客の仕様書で読んだ時、どういう材料か、調べるのにどの金属関係の本にも載っていないので困った。
それはそうだろう、これは商品名だったのだから、メーカーのカタログにしかのっていないわけだ。
何年かした頃、『ステンレス鋼便覧』で、たまたま「ニッケル基耐食合金」の章の「Ni―Cr 合金」の項で、 “Ni-Cr-Fe 合金600はもっとも多用されている合金である。” と、(商品名のためか)遠慮がちの表記で書かれているのを見て、やっと、「Ni―Cr 合金」という分類なのかと知った。
しかし金属の出身ではないので、最初から金属材料にはこういう分類があるなど知るはずもなかった。ましてこの『便覧』の索引には、インコネルの文字もないのだから、調べようもなかったのである。
さらに、これと似たような名前の「インコロイ800」とはどう違うのか。まして、「ハステロイ」になるとチンプンカンプンで、メーカーのカタログだけが頼りだった。……どこのメーカーの技術者も似たようなものだった。
工業界では大手をふって流通している有名な金属材料でも、専門書には載っていないものがたくさんある。商品名が一般名詞化しているというのに、どの本にも出ていない。まるでこの世に存在しないかのようである。
この原因は、ズバリ遠慮が入っているからである。この変な遠慮が如何に工業界の発展を阻害してきたことか。
10年前からこの本を時々使うようになって、びっくりした。「インコネル合金」という商品名が堂々とのっている。しかも、“○○○社が開発した……”と、社名まで入って。ひゃひゃしながら読んでしまった。
「インコロイ」になると、開発した会社の名前はもちろん、、“高Ni合金のNi を節約するために1948年ごろ開発された。”とある。金属の専門書で、「安くするため」という理由まで書いてある本は初めて見た。こんな調子は、「ハステロイ」ではもっと徹底して遠慮なくいろいろ解説している。すごく役立った。
他にも、時々聞くけど俗語みたいで定義があやしげなためか(?)専門書にはでてこない用語や、今や話題の材料がいっぱい載っていて、読み物として読んでも非常に面白い。例えば、スーパーステンレス鋼、超々ジュラルミン、水素病、光メモリなど。アモルファスにいたっては、3ページも費やしている。
今や、先輩より後輩の方が多くなってしまった私には、先輩面で説明するときの大事なアンチョコになっている。
具体的な内容としては,固体物理学入門レベルのことも書いてありますが,アモルファスや液体金属物性,準結晶,強電子相関系のようなもう一歩踏み込んだ内容が充実しています。 上下巻あわせて購入されることをオススメします。