■我が国推理小説界の最大の功労者・江戸川乱歩(1894-1965、享年70歳)は、東京都豊島区池袋に住んでいた。乱歩が同所に居を構えたのは、1934(昭和9)年、彼が40歳のときだった。引越しを四十数回も繰り返した末のことで、池袋駅から徒歩15分ほどの閑静な住宅街、立教大学隣接地が乱歩の落ち着いた場所だった。
■乱歩の家には土蔵があり、そこは彼の収集した文献資料の宝庫だった。雑誌特集などでしょっちゅう紹介されているのでご存じの方も多いはず。乱歩には人嫌いだった時期があったので、蔵にこもってロウソクの灯りで小説を書いているという噂もたったが、これは事実ではないようだ。
■乱歩邸にはその後も遺族が住んでいたが、個人による修復管理の限界、膨大な貴重資料の散逸を防ぐ必要性などから豊島区によって乱歩記念館として保存するという構想が浮上した。結局、財政事情等から区による記念館計画は2001年3月に断念されたが、最終的に立教大学に譲渡が決定。2002年4月乱歩邸は同大の管理下に移った。文化遺産の散逸はとりあえず免れたわけである。
■多くのミステリー愛好家が夢見た乱歩邸の土蔵の内部は、山前譲・新保博久という現在最強の研究家コンビによって徹底調査され、その探偵小説関係の蔵書目録が本書『幻影の蔵』としてまとめられた。本書は12年間に及ぶ研究の大成果で、マニア必見の内容だ。
■本書は2003年5月26日、第56回日本推理作家協会賞(「評論その他部門」)を受賞した。