老人の筋肉や関節、目や耳は?横断歩道や階段の歩行はどうか?
また街ですれ違う人々の反応は?五十代の著書が全身に重りと
サポーターを装着し、特殊メイクで八十歳のおばあさんに大変身。
街を歩き、人に会う。実態体験レポート。(以上は本書より引用)
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▼すべての人に訪れる老後の世界。
その時あなたはどうなる?
何十年後の自分の姿を、わずかではあるが体験する事は無意味では
ないだろう
▼私は趣味のゴルフが何歳まで出来るだろうと日頃思って!いる。
早速、今度ゴルフに行くとき、着膨れするぐらいウエアを着て、
間接にはサポーター、足首には重りをまいてラウンドしてみよう。
うん十年後の自分の姿を求めて。
シリーズ原作者エド・マクベインはシリーズ作品の中で時代背景を意識的にぼかしている(サザエさんやドラえもんなどもそうですが、長寿作品にはよくあることです)のですが、本作の著者は作品中に直接的・間接的にあらわれる映画、演劇、音楽、詩(!)の題名や俳優・監督・演出家の名前、セリフや歌詞の一フレーズ、食事、服装、物価、世相などなど時代を推測できる材料を集めてそのシリーズ中の作品背景を浮かび上がらせようとしています。
作品の単なる読み込みにとどまらず、断片的な情報から起源をたどる様子はさながらそれ自体が刑事の捜査を思わせます。ただただ著者の執念と博覧強記ぶりに圧倒されます。
しかしながら平易な文章もあり、楽しく読みやすく、87分署ワールドを楽しみながら、シリーズ第一作が書かれた朝鮮戦争から現在進行中のアメリカを垣間見ることができます。人種差別、公民権運動、ジェンダー問題、ベトナム戦争、湾岸戦争・・・。
とりわけいまとなってはなじみが薄いニクソン大統領とウォーターゲート事件当時の世相と事件の経緯、それが作品にどうにじみでてきているかという章は読み応えがあります。
過去に読んだシリーズ作品を読み返そうか、と思わせる楽しさに満ちた作品です。おしむらくはこの本は87分署シリーズの入門書ではなくシリーズを多少なりとも知っ!いるということが前提になることです(それで星1コ減点)。
そりゃあ、最高傑作は人によっては「貧乏は正しい!」かもしれませんし「桃尻娘」かもしれませんし「源氏物語」かもしれませんが、
この「89」が最高傑作だと思うのは、この本の背景に流れる時代、と言うものだと思います
つまり、1989年と言う年は昭和天皇が死んで日本が確実に、大きく変わっていく、そういう年だったんですね
「天皇なんて関係ないや」って言う人がいるけど、89年には手塚治虫も死ぬ。
「漫画なんて関係ないや」って言う人がいるけど、89年には美空ひばりも死ぬ
日本の天皇と歌謡曲の女王と漫画の神様が死に、若い女性のシンボルだった中森明菜は腕を切り、若者のヒーロー的存在だった松田優作も死に、日本の経営のシンボル的な松下幸之助も死に、消費税が導入され、
総理大臣が1年の間に3人もつとめ、自民党が選挙に負け、女の時代ともいうべきマドンナ旋風が起こり、宮崎駿が幼女を4人殺して逮捕され、ベルリンの壁が崩壊し、バブルがはじける
そういう「ひとつの時代の終わり」と言う時に最高の知性を持つ橋本治は何を考えたのか。未来をどのように見ていたのか。一つ一つの出来事の意味と今後を的確に表現してくれている。この本に書かれた文章は現代でも十分通じる内容です。
橋本治はあとがきでこう書いています「この本がどういう本かという事を一言で言うと、『これから先、政治家になろうとする人間がいるんだったら、ここに書いてあることを全部分かって、その上で‘自分が何をするべきか‘がはっきり分かっている人間じゃなきゃ嫌だ!』と言うことを要求する本です」
橋本治の考えを短い文章たちの総まとめで書かれており、読むと頭が何倍か良くなると思います