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和書 508066 (95)



日本書紀〈5〉 (岩波文庫)
販売元: 岩波書店

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 最後の第5巻は、第38代天智天皇、第39代天武天皇、第40代持統天皇を収録しています(弘文天皇については記載なし)。白村江の戦い、壬申の乱を経て、律令国家体制が整備されていく様子を追います。聖徳太子から壬申の乱にいたる時代の研究はとても人気があるので、小説や新書などで読んだことのある人も多いのでは。ぜひ原典を読んでみてください。読破には苦労するかもしれませんが、それだけの価値はあると思います。あともう1つ。『古事記』にもいえることと思いますが、一度読んで終わりにしないでほしいですね。繰り返し読むことで理解度も上がるし、思わぬ発見があったりします。何より、現代語訳本を読むよりも味わいがあります。そこが古典の良いところでしょう。…高校時代、古典が大嫌いだった人間の吐く言葉ではないですが。好きこそ物の上手なれ(古典ではなく歴史)?




日本精神史研究 (岩波文庫)
販売元: 岩波書店

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収録されている論文は飛鳥時代の政治的な理想から源氏物語や道元を経て歌舞伎にいたるまで多岐にわたる。したがって、日本精神の歴史を一貫して構造的に叙述したものではない。しかし、どの文章も伝統文化的作品や思想などがその時代精神を具現したものだという立場で貫かれている。日本精神の流れの中で各対象はいかなる位置にあるのか。

 和辻の文章のすばらしいところは、豊富な知識や見識と柔軟にして明快な叙述との一致にある。それを可能にするのは鋭い感受性であろう。対象の直観的情的把握は生硬な叙述を許さないからである。なかでも白眉は「沙門道元」である。道元の高尚にして簡潔な紹介としてはいまだに最適のものだと思う。あまり知られていないが、この一編は若き日の小林秀雄が讃嘆し、愛読したものであった。日本人でもこのような文章を書ける「学者」がいるのだということに鼓舞されたのである。後の比類なき小林の「批評」精神の形成に和辻の「学問」が大きく寄与していたということ、これもまた美しい日本精神の「歴史」の一端であるにちがいない。
 




日本滞在日記―1804‐1805 (岩波文庫)
販売元: 岩波書店

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 大黒屋光太夫やラクスマン、そして幕末のペリーの間に挟まれて、やや印象の薄いレザ(-)ノフであるが、江戸後期の外交を知る上ではもちろん貴重な資料である。活字が大きく、訳は読みやすい。付録、注、解説も充実している。
 教科書では「レザノフが日本に来た」程度しかないが、もちろん様々なドラマがそこには展開しているわけで、その場の人物たちの血の通ったドラマを味わうことができる。この時代になると、意外に日本もロシアもお互いのことを意識し、多少の知識や準備があることがわかる。結末としてはいささか後味の悪いことになるのだが、開国という時代の画期に至るには、もうしばらくの時間と様々な人々の努力が必要になる。




日本中世の村落 (岩波文庫)
販売元: 岩波書店

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 我が国の歴史全般、特に中世史に興味があるものの専門家
では全くない者ですが、緻密な分析は、これが戦中の書であ
ることも忘れる程に新鮮で簡明深いものがあると思いました。




日本における近代国家の成立 (岩波文庫)
販売元: 岩波書店

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2002年に出版された加藤周一編「ハーバート・ノーマン人と業績」によると、終戦直後にGHQの一員として来日してGHQの占領政策に深く関与し、戦後思想界に多大の影響と与えたカナダ人、E.H.ノーマンの評価は一部で未だに高いようである。そこでE.H.ノーマンの主著「日本における近代国家の成立」を読んでみた。

本書は、江戸時代の終わりから明治維新を経て日露戦争の頃に至る間の「近代国家の成立」についての西洋人による最初の本格的な学術書ということである。
読み進んでいくうちに、どこか特定の史観に基づく明治維新の見方という印象が強くなってきた。すなわち、江戸時代、特に幕末期は封建制度衰退の暗黒時代であり、明治維新はフランス革命と異なり庶民を置き去りにした上からの不十分な革命であった。また自由民権運動などもあったが、民主主義は定着しなかった。明治維新後の産業化は軍事中心であり、農民はその犠牲となった。資本主義、産業の発展は必然的に軍国主義的な拡大主義を導く、云々。江戸時代や明治維新を肯定的に評価しようという姿勢は全く感じられない。
客観的にみると、本書は恐らく当時であっても、西洋人が書いたということ意外、新規性に乏しく有難がる理由は少ないのではないかと思う。

巻末に再録された「ノーマン史学の評価の問題」で遠山茂樹氏が、『「講座派」の参照が意外に少ないのは、何らかの意図的な理由があったとしか思えない』と指摘しておられるが、これは本書が単なる学術書でないことを暗示しているようである。





果てしなき逃走 (岩波文庫)
販売元: 岩波書店

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ハリネズミと狐―『戦争と平和』の歴史哲学 (岩波文庫)
販売元: 岩波書店

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この書物は一応トルストイの戦争観を中心に述べたものだが、ペダンティック歴史家が書いたものとして、いかにも堅苦しい。英国の歴史家は物事を素直に、語ることをしない。この書物はその典型例である。いろいろのことを語るが、結局何を主張したいのかわからなくなって終わってしまう。
 ハリネズミと狐を対比して、それぞれの作家を割り振るが、分かったようで分からない。翻訳ももとの文体が込み入っているので、訳者も適当に端折って訳している。それ相応の扱いと思われる。





幕末政治家 (岩波文庫)
販売元: 岩波書店

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幕末期の困難な局面に対した幕府側の政治家について論じた史論。
対象となるのは阿部正弘、井伊直弼、水戸烈公から小栗上野介まで。
おしなべて評価は辛く、井伊も果断だが識見なしとして一級の政治家で
はなく、阿部正弘も識見の無さで減点。総じて幕府側の政治家は問題
の先送り・糊塗に力を傾注し、「断固たる識見ありて」の行動に欠けた二
級の政治家の集まりと断ずる。
文語調だけど、読むのに支障なし。わかりやすい。細かな史実について拘
らなければかなり面白い。




増補 幕末百話 (岩波文庫)
販売元: 岩波書店

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庶民の口から語った幕末の回顧録。
幕末明治の回顧録というと、公爵様がしかべつらしく語るものという印象がありますが、その点本書は全く別物。
価値観が180°変わった時代、振り返って見れば懐かしくも滑稽であった封建時代を面白おかしく、庶民の口調で描き出します。
交通史に興味を持つ私としては、特に面白かったのが日光例幣使にまつわる話題。
「例幣使」と言えば街道では蛇蝎のように嫌われた大悪役。
例えば島崎藤村の「夜明け前」でも、アーネスト・サトウの紀行文でも「例幣使」と言って、
彼らの横暴に触れずにおくものはないというくらいです。本書では、その手口が滑稽に描き出されます。
沿道の住民に難癖つけては金品を脅し上げていった彼ら。
一度奉幣の旅に出れば、一年は食えるほどの蓄えを作ったといいます。
「私はここでコロリとやりました」
駕籠から故意に転落してカネをせびる公卿の台詞。
なりふり構わぬ「努力」には、思わず吹出してしまいます。
権威に縛られた封建社会は、かくも滑稽な世でありました。

虚勢も芝居も大真面目なだけに笑え、そしてまた切実です。
噴出した社会の矛盾は明治維新に結実し、日本は近代の夜明けを迎えたのでした。
一風変わった視点から時代のうねりを眺めてみるのに、実に面白い一冊です。




幕末明治女百話 (上) (岩波文庫)
販売元: 岩波書店

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幕末から明治のころ、女性はどのような人生を生き、どのように時代を感じたのか。
昭和のはじめに多数の老女から聞き集めた当時の庶民の風俗がたいへん興味深い。

当時の女性の職業として多いのは「奉公」。10代で武家や公家に女中として住み込み、60才近くまでそこで過ごす人も珍しくなかったようだ。これを「一生奉公」というらしい。
いまでいえば住み込みの家政婦さんだ。しかし、一生を他人の家で過ごすような生き方も、そういう職業を吸収できる社会の階級構造も今はない。失われた日本の文化のひとつだといえるだろう。

それから没落した士族、旗本に関する話題も興味ぶかい。困窮した元旗本の夫婦が長屋に越してくるが、態度が尊大なために、意地悪をされる話がある。サムライがどれくらい威張っていたか、町人がそれをいかに苦々しく感じていたかがよくわかるエピソードだ。士農工商とはいえ面従腹背、庶民の意識は意外に対等であったのかもしれない。

女性の職業といえば芸妓娼妓に関する話も多い。伊藤博文や山縣有朋、犬養毅の芸者遊びの様子も伺える。他に心中話、幽霊話、主婦売春の話、変わったところでは上野の彰義隊事件当日の話も見える。ともかく多彩な話題が本書のいちばんの魅力であろう。

気をつけたいのは、これは農村ではなく、あくまで江戸という当時世界で最大規模の都会の庶民生活である点だ。下巻の巻頭にこうある。

「殊に今の東京は、風俗習慣言語日常生活までが、昔の江戸でも、明治の東京でもなくなってしまった。それは東京子がなく、いずれも他地方からの住民であるからだ。」

初出は昭和7年である。紀田順一郎氏は『東京の下層社会』の中で「東京は流民の都市である、流民であるがために地域社会に責任を持たず、人としての心が荒廃する」という意味のことを言っている。本書からは、少なくとも明治までは、東京っ子たちが家康以来の江戸の町人文化を保っていたことが汲み取れる。貴重な一冊である。


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