まず、処方を書く医師と処方を受けて薬を患者さんに渡す薬剤師の「力」関係。医師と薬剤師は互いに独立した職能で、建前では平等ということになっている。医師が処方を設計し、薬剤師がその内容をチェックしたうえで調剤して患者さんに渡す。そのようにして患者さんの安全を期するというわけだ。だが、現実にはどうか。病院薬剤師の多くは医師を頂点とするピラミッド型組織の中ほどに組み込まれていて処方設計に関与できるほどの実力を蓄えていない。市中の薬局薬剤師はせっかく手にした「医薬分業」という飯のタネを失いたくないという気持ちから、少し変な処方を書く医師に対して言いたいことがあってもつい遠慮がちになり、通り一遍のいわゆる「疑義照会」に終始している。
第2の問題は現在の薬学教育だ。EBMを支える諸科学、つまり臨床疫学、医療統計学、薬剤疫学、薬剤経済学、臨床薬理学をまともに教えている薬学部は見あたらない。ほとんどの薬科大学は「医療薬学講座」という冗談のような造語でお茶を濁している。長い間、薬学が単に医薬品製造学に重点をおき、「医療」へ取り組みを等閑視してきたことのつけが回ってきたのだ。たしかに医薬品製造学は医療に必要な学の一つである。しかし、それを修めたものだけが薬剤師になれるというのはおかしな話である。医薬品製造学が工学部や理学部にあってもかまわないのではないか。またその修了者は必ずしも薬剤師でなくともよいではないか。そういった議論がもっとあってもよい。
さて、心ある薬学者たちや現場の薬剤師たちはこのような薬学部の現状に危機感を抱いている。その尽力の結果が薬学部6年制への移行であり、臨床重視の薬学教育の実践だ。(その意味で、最近の新設薬科大学駆け込み認可は目に余る事態だ。)
本書は21世紀薬学改革の嚆矢というべき手引き書だ。薬学や薬剤師にとってEBMとは何かを考える一助ともなるだろう。もちろん、一般市民の方が読んでも興味深い内容だ。薬という「毒」から身を守るために、患者はもっと薬剤師を活用してよい。