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和書 882816 (80)



太陽と戦場のシルクロード―カメラ紀行 (1979年) (新潮選書)
販売元: 新潮社

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高見順 闘病日記〈上〉 (同時代ライブラリー)
販売元: 岩波書店

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 ぼくが最も好きな日本の作家は高見順(1907~1965)である。
友人の本棚から高見順の「闘病日記 下」を見つけて読み始めた。上を彼の家でもう一度探してもらおう。高見順はぼくの父より一つ年下であるから親父のようなものである。まさか58で死んだとは思わなかった。死因はガンである。ガンで倒れてからもペンを取れなくなるまで日記を書き続け、その後は彼の口述と口述も出来なくなった彼の様子を婦人が最後まで筆記している。伊藤整から「最後の文士」と呼ばれる。「敗戦日記」を読んだこともあるが日記文学の最高峰だろう。

「闘病日記 下」から少し抜粋しよう。
昭和四十年一月三日
 昨日の朝、自分は「表現者ではないというようなことを書いた気がするが、それは間違い、というよりも極端な書き方だった。「これはイケマス」と、なんでも小説に書く当世風の小説書き、これを私は表現者と名づけたのだ。自己から発したものでなければ書けぬ、書かない・・・あるいは、外部の客観的要求と自己の内部的要求に全き一致からのみ書く、こう言う作家を私は頭においていたので、それにしても、作家はアーチストであるとともに,アルチザンでなければならぬという考えは、前からいつも書いていた。このアルチザンとは小説技巧を「頭」でなく「腕」で理解している者、「腕」で書き「頭」で書くのではない、いい意味の「職人」の意である。アルチザンであるようにと私は心がけてきた。

 全くそうなのだ。絵の場合も同じであると思った。描かねばならないものは必ず描き、描かなくともよいものを描くくらいなら酒でも喰らっていた方がましである。そして描き始めたら肉体で描くのだとぼくも昔から考えてきた。それでぼくは自分を肉体派と呼べるようになりたかった。だがそのためには絵の修行がどこまでも必要である。あくまでもデッサン力がものをいうのだと思うのだった。それはまだまだ不足だ。だが日本の絵の世界にはアーチスト不在、アルチザンしかいないのである。
 
 高見順の死後アカハタでかかれた文章にこんなのがあった。
 「高見順は死ぬ前に日本共産党に入党して死にたかったと書いている」 
正確な引用ではないがこれは日共の我田引水である。
 
 同日の日記で
 「今日の日本共産党には私は共鳴も同感ももてない。日本の共産党だけではない。ソヴェートも、いやだ。共産革命は芸術家のためにあるのではない。そうは分っていても,あの「人間」を無視したような「政治」は私には、耐えがたい。」
と書いている。
 これで疑問が解けた。高見順ならこう書かねばならないように書いているのである。
 「死ぬ前に、入党して、共産主義者として死のうかな、などと考えているのでもない。」
こうまで言っている。
 
 ついでにもう少し引用しよう。これは重要な一節である。
 「同時代に生きて、この時代にもっともふさわしい、かかる苦しみ(注 共産主義に触れる苦しみ)を知らずにすごせた一生は、外見はたとえ平穏で仕合せでも、真にこの時代の苦しみを知らずに過ごした不幸から免れない。」
 「真にこの時代の苦しみを知らないことが不幸である」というのである。そんな「不幸な作家」がゴマンといる。




高見順 闘病日記〈下〉 (同時代ライブラリー)
販売元: 岩波書店

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湛山座談 (同時代ライブラリー)
販売元: 岩波書店

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明治では自由民権運動、大正デモクラシーでは国土拡張主義・軍国主義に堂々と異を唱え、戦後はそのあまりに民主主義的な主張の故にGHQより危険分子と見なされパージされ、後に総理大臣の座を得るも病のため、自らの過去の主張(政権を運営し得ない病床の総理に退陣を迫った)に従って、自分も政治から身を引いた硬骨にして愚直、誠に得難いキャラクターであった戦う政治家石橋湛山。その晩年の湛山が、自分の政治遍歴を振り返りつつ日本およびアジア、世界の将来について語る。すべての時代に当事者として関わったその言葉は果てしなく重い。「ナショナリズムは、資本主義と共産主義がいずれ一緒になる時も、最後まで残る問題」と喝破したその先見の明に、ナショナリズムに揺れる21世紀の私達は改めて目を見張らざるを得ない。




大震災復興への警鐘 (同時代ライブラリー (221))
販売元: 岩波書店

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誰のための福祉か―走りながら考えた (同時代ライブラリー (265))
販売元: 岩波書店

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アサノ宮城県知事時代の連載エッセイ集、軽妙で読ませる文章です。人の六倍しゃべるとの自己紹介ですが、文章もなかなかで文筆家としても上質の部に属すると思います。シャレっ気たっぷりでおやじギャグも飛び交いますが、読み手へのサービス精神がそもそものところにあり、それが形を成している印象。
第一部は雑記なので確かに書名とミスマッチですが、第二部が福祉論。曰く、
「どんな重い障害を持っている人も、地域の中であたりまえの生活を送ることができるようにする」、
(デンマークの障害者のグループホームで)「一人ひとりに意思確認がされている。動けない、意思伝達も困難なこの人たちに、そのことが尋ねられている」、
「知的障害者を施設から社会に出すなんて荒れている海に泳げない人を投げ出すようなもんだとS氏は言う。どうしてその海を泳ぎが得意でない人でも海水浴を楽しめるようにしようとしないのかと私は応じたかった。海に小舟を浮かべたらいい、監視員を多く配置したらいい、浮き袋を用意したらいい」、
云々。「つらいだけなら続かない。使命感とか高い目標のためにとかでは疲れてしまう。それ自体楽しいから、気持ちがいいから続くのだ」とも。
第三部佐高さんとの対談では、私の限られた経験では、と注釈しながら官僚にもいろいろいてステレオタイプばかりではない、というようなことをきっぱり言うので、人当たりが柔らかいけれどもここ一番で相手に迎合しない、経験に裏打ちされ確信できることだけ断言する誠実さ、といった性格が伺えます。当意即妙の言葉選びなどもニヤリとさせます。




知の遠近法 (同時代ライブラリー)
販売元: 岩波書店

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地球時代の国際政治 (同時代ライブラリー)
販売元: 岩波書店

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父の戦記 (1982年) (朝日選書〈212〉)
販売元: 朝日新聞社

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地方の王国 (同時代ライブラリー (313))
販売元: 岩波書店

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