ドラスティックな人生の象徴ともいえるジョアンですが、
この時期は心身共に相当まいっていたようです。
しかし、概してこういった最も不遇をかこったかに見える時期に
最高の輝きを見せる場合があります。
これに続く「三月の水」もそうですが、
ジョアン・ジルベルトのメキシコ時代の音源は本当に素晴らしいです。
「三月の水」が本当にシンプルで
最終曲のデュエットを除けばたった2人だけで演奏されているのに対し、
本作「彼女はカリオカ」でははオーケストラのバックがあります。
しかし、基本的にジョアンの個性を前面に引き出した
シンプルな編曲という点では実は一貫しています。
社会的拘束から解き放たれた、ある意味本当の意味での自由。
それを感じさせるジョアンのメキシコ漂流時代。
皆さんはどうお感じになられますか?
全曲がアントニオ・カルロス・ジョビン作曲の自作自演作品であり、
ボサノバからMPBまでアントニオ・カルロス・ジョビン各時期の
遍歴と音楽的造詣の深さが凝縮された選曲と言っていいと思う。
1曲目の「三月の水」は、「E」の韻を踏んだ歌い出しがなんとも
心地良いこの作品中最も有名な曲。多くのアーティストにカバー
されている曲なので、聴いたことのある方も多いかと思う。
この1曲だけでもこのアルバムを聴いてみる価値があるかと思う。
それほどこの録音は完成度が高く他の追随を許さないものがある。
5曲目の「トリスチ」や6曲目「コルコバード」はボサノバの曲
だが、ここでは少々ボサノバらしからぬ雰囲気で演奏されている。
「トリスチ」は少しアップテンポでルイ・ザォン・マイアのベース
が非常に陽気に聴こえる。一方「コルコバード」は、アレンジの
セザール・カマルゴ・マリアーノがストリングスを上手く用いて、
しっとりとした原曲を更に寂寞としたものとしている。この曲風
は前半とはうって変わって落ち込むような後半への導入となる。
それでも只ひたすら落ち込んでいくわけではなく、9曲目の「も
う喧嘩はしない」や、13曲目の「ばらに降る雨」等、かすかな
光を感じるような曲もある。そのコントラストがなんとも美しい。
1曲目の「三月の水」は、間違いなく本作のベストチューンだが、
アルバムの流れとしては後半の方がバランスが取れていると思う。
最後の14曲目「無意味な風景」を聴き終わると、長編映画を見
たようなそんな疲労感が襲ってくる。たった38分のアルバムで
あるが、その充実振りがそうさせるのだろうか。傑作である。
ブラジル音楽ファンならずとも納得せずにいられない1枚だろう。