収録はすべて戦前録音。要するにレコード会社の倉庫にあった、
軍歌のレコードから片っ端に収録したものであり、
珍しい曲が大量にあるぶん、玉石混交とならざるをえません。
なお、戦時歌謡と銘打っていますが、
国連脱退を歌ったもの、ペルリン五輪の応援歌や
当時世界最高の航続距離をマークした神風号を記念する歌など、
当時を偲ばせる歌も収録されています。
まさに「歴史を切り取ってきた」感がいたします。
当時はまだ戦局がそれほど暗澹としたものではなかったので、
戦時歌謡のほうもそれほど悲壮なものとはなっていません。
また、やや演歌調の曲が多いことも指摘できます。
優秀な録音をあげておけば「連盟よさらば」「陸軍記念日を祝う歌」
「あげよ日の丸」「遂げたり神風」、そして有名な「露営の歌」と
その間奏曲に歌詞を付けた「さくら進軍」などでしょう。
全体的にみれば、良い曲もあれば演歌調のよくわからない曲もあり、
CDとしてはまあ及第点といったところ。
★★★か★★★★で迷うところですが、
当時の歴史情勢の音楽資料を熱望する人は★★★★。
いかにも「軍歌」な曲も求める方には★★★といってよいでしょう。
とはいうものの、このCDほど隠れた名曲が多いCDもないのです。
この「戦時歌謡」4枚のなかでは、もっとも優れた音盤でしょう。
曲目を見れば確かにマイナーなものが殆どでしょうが、
一度聴いてみれば、有名な歌曲に匹敵する録音が目白押しです。
言わばこのCDは日本の戦時歌謡、最期の華なのです。
では具体的に。「国民歌 山本元帥」は山本GF長官戦死に際してつくられた追悼歌。
山本元帥追悼歌としてはもっとも秀逸なものでしょう。何故か凄く明るい曲調。
「海を征く歌」は格調高い名曲。この曲は比較的著名。
「アッツ島血戦勇士顕彰国民歌」は、アッツ島玉砕に対して作られた悲壮な曲で、
歌詞のほとんどが当時の大本営発表によっているのですが、
今日、実際の戦況を知りつつ読むと何とも悲惨な感じを受けます。
「敵の炎」は超マイナー曲ですが、この録音は卓抜です。
米軍の本土爆撃に対して「これに屈するものか、
いずれ米本土にも爆撃してやるぞ」という過激な歌詞を、
伊藤久男と楠木繁夫の2人が絶妙に歌い上げています。
「台湾沖の凱歌」は、戦争末期に敵の空母を何隻も撃沈という
大本営の虚報がそのまま戦時歌謡になってしまったとんでもない曲。
凄まじく明るい曲です。「フィリピン沖の決戦」も明るすぎて逆に悲惨さが伝わってくる歌。
なお、最後の「比島決戦の歌」だけは戦後録音。
これはこの全集を編集する時に新規に録音されたものですが、
「いざ来いニミッツ マッカーサー」と言いたいだけの曲です。
遊びみたいなものですね。まあ、ネタにはなります。
さてこちらの方が優れているといった理由は、
全体として良い録音・曲に恵まれているから事です。
有名な曲としては「若鷲の歌」「轟沈」「勝利の日まで」。どれも良い録音。
その他「決戦の大空へ」「水兵さん」「海の初陣」「君こそ次の荒鷲だ」などが
軍歌好きの方なら誰でも気に入る、優秀な曲といえます。
また当CDは変わった曲も収録されています。
まず「アイウエオの歌」。これは占領したシンガポールの児童に歌わせたもの。
曲としては面白くもなんともないですが、あの時代の記録としては興味深いところ。
次に「米英撃滅の歌」。題名も凄いですが、歌詞も過激の極みです。
多分日本の軍歌有数の過激さでしょう。
これでもかというぐらいに強烈な文言が連続。
ただし曲調はかなり鬱屈した調子になっています。
陸軍版と同じく、注意すべきは「合唱のない」曲が多くあるという事です。
特にこの海軍版は陸軍版と比べて、その割合が大きいので注意です。
合唱付きの軍歌は:「観艦式行進曲」「海の護り」「護れ海原」の3曲のみ。
他は一切、音声がありません。
陸軍版にかきましたように、私は戦前の演奏のみの曲は
あまり評価できないと考えています。
それは戦後録音に比べて明らかに劣るものだからです。
それ故、音声付の軍歌は3つだけなので、評価としては低くなってしまいます。
3曲も、隠れた佳作ではありますが、
これだけの為に買うのは、かなりの収集家に限られてくると思います。
戦前盤との聞き比べもおもしろい。
個別に見ると、
9の英国東洋艦隊潰滅は全番歌い上げている唯一の音源、
17の比島決戦の歌はこの全集シリーズの為に録音された初出音源。
それにしても、古関裕而作曲の軍歌(正確には戦時歌謡というべきか)は
有名なものが多いと改めて思う。