原作では、幾人もの容疑者が現れるでもなく、あっけなくポワロが犯人を名指ししてしまうため、我々読者は、事件解決後に、ポワロからその推理の過程をありがたく拝聴するだけなのだが、テレビ版では、この老人の人物設定を変えることによって容疑者の幅を広げ、ポワロとともに、あれこれと犯人の推理と謎解きをしていく楽しみを加えており、より、エンターテイメント性が高まっている。
地方地主のもとに、「明日12時までに金を払わなければ、子供を誘拐する」との脅迫状が舞い込むのが、「ジョニー・ウェイバリー誘拐事件」。邸の周りを警官が厳重に固める中、期限の12時が刻一刻と迫り、ついに、子供のいる部屋の時計が12時の時を打つ。
この「名探偵ポワロ」では、短編原作のストーリーやトリックの改変は当たり前に行われており、この作品でも、基本的なストーリーはそのままに、重要なトリックの一部が変えられている。改変は、原作を上回っていることが常であり、それだけテレビ版の出来が秀逸ということなのだが、この作品のトリックは、どちらにも一長一短の面があり、評価が分かれるところだろう。私自身は、原作のトリックの一ひねりに軍配を上げたいのだが…。
古代エジプト王メンハーラの墳墓を発掘した考古学調査隊が、三千年の封印を解いて室式古墳の中に入った直後、調査隊長が心臓発作で急死する。その後も続くメンバーの不審死に、ついに、ポワロが王家の谷に乗り込むことになった。「墓を侵した者はすべて呪われる」。ポワロが解明したその「メンハーラの呪い」の巧妙なからくりの正体とは…。
「負け犬」は、化学工業会社の因業で横暴な社長が、何者かに殺されるという物語である。秘密書類の盗難事件に、敵国との軍事利用取引き、さらには、遺産相続も絡み、関係者全員に犯行の動機があるという、本格派ミステリの見本のような作品である。
この作品の原作は、121ページに及ぶ中篇作なのだが、テレビ版は、おおむね原作に忠実なプロットを維持しつつも、手際良く一部の設定の改変を行い、原作を上回る作品に仕上げている。特に、原作では、終始、特定の人物を容疑者としてクローズアップさせているのだが、テレビ版ではこれを最後までぼかしており、関係者全員を集めた事件の再現シーンでの、一カットごとに目まぐるしく揺れ動く犯人像と、どんでん返しの結末の演出は、テレビ版アレンジの勝利といっていいだろう。
ちなみに、普段は地味で、この作品でもテレビ版だけに登場するミス・レモンが、事件解決の鍵を担う重要な役どころを演じているのも注目だ。
原作は、亡くなった男性上位主義者の伯父が、隠された第二の遺言書を発見すれば全財産を贈与するという、姪に対する頭脳勝負を仕掛けた遺言書を残したところ、姪に依頼されたポワロが、見事そのからくりを見破ってみせたという他愛のない筋なのだが、テレビ版では、姪に全財産を遺す内容に遺言書を書き替える前夜に、伯父が何者かに殺されるという内容に変えられている。遺言書を書き替えられては困る他の相続人全てに殺害の動機があり、最後には、関係者全員が一堂に会する中で、ポワロが散々、気を揉ませてくれた後、鮮やかなどんでん返しの名推理で犯人を名指ししてみせるという、ポワロ物お約束の名場面を演出してみせるのだから、原作を知る者は、「凄い!」と、驚かずにはいられないのだ。
「黄色いアイリス」の方は、短編の原作を基に、長編作「忘られぬ死」が書かれているくらい、もともと、原作自体がしっかりできているのだが、テレビ版は、これをさらにドラマティックに仕上げている。この作品では、二つの事件が起きるのだが、一つ目の事件の現場を、ニューヨークから、クーデター前夜の南米ブエノスアイレスに移し、二つ目の事件では、「謎の遺言書」同様、関係者全員が一堂に会する中でのポワロの見せ場を用意しているのだ。
この巻は、レベルの高いニ作品が揃った、お買い得なセットといっていいだろう。
ポワロが唯一愛した女性としては、第14巻の「二重の手がかり」に出てくるロサコフ伯爵夫人が有名なのだが、この作品では、ポワロが、ある美しい女性にほのかなロマンスを抱くという、原作にないエピソードを加えており、ポワロとその女性とのラスト・シーンが、何とも粋で、感動的なのだ。
ちなみに、「イタリア貴族殺害事件」の方は、ある重要な秘密書類の恐喝にからむ殺人事件のからくりを、ポワロが鮮やかに解決してみせる作品なのだが、ここでも、ミス・レモンのロマンスのエピソードが書き加えられている(もっとも、原作には、ミス・レモン自体が登場しないのだが)。この巻の両作品は、同じ第5シーズンに連続して製作発表された作品であり、淡いロマンスを共通テーマとして脚本が書かれたのではないかと想像しているのだが、ポワロとは対照的に描かれたミス・レモンのラスト・シーンも見物だ。