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DVD/ビデオ 575144 (6)



アマデウス
販売元: ワーナー・ホーム・ビデオ

Amazonのカスタマーレビュー(口コミ)

モーツァルトのファンではありません。
それでも、このDVDは100回近く見ています。
音楽が映像に合っているので、苦痛ではありません。
ながら視聴も可能です。
モーツァルトの音楽を知るきっかけになると思います。

伝記を読んだことがないので、モーツァルトに対する偏見を持ってしまったかもしれません。別の伝記物のDVDが出ることを期待しています。




アマデウス
販売元: ワーナー・ホーム・ビデオ

Amazonのカスタマーレビュー(口コミ)

これはもう何の説明も要らない映画です。
モーツアルトがアマデウスというミドルネームだったことを知らしめた作品です。
音楽家の映画は既にBGMを必要としない、それどころか天才の映画は主役に何をさせてもよいという意味ではこれは外れようがない。
しかもサスペンス、アカデミーを8つ獲っても当たり前。
買って損はない。




アマデウス
販売元: ワーナー・ホーム・ビデオ

Amazonのカスタマーレビュー(口コミ)

自分がサリエリにでもなったかのようにモーツァルトの言動が目耳に残る作品です。
丁寧なロケ地選び、衣装、音楽は必見。
作品を観た後ロケ地のプラハへ行ったのですが、本当にため息が出るほど美しく、
またその美しさに深みを与えた映像だったと改めて思います。

ストーリーと描写ですが、いきなり精神病院の中でサリエリが自殺はかるシーンは正直かなり衝撃的でした。
何かにひどくおびえたサリエリの演技がとても怖い。
モーツァルトがまたとんでもなく狂気染みていて、笑い声や表情が気持ちが悪く、
いくら色情魔だった変態だったと言われるモーツァルトでも本当にここまで?と思うほどです。

しかし逆にその強調された品の悪い演技がかえってよかったのかもしれません。
サリエリがどこまでも認めたくないモーツァルトの才能を際立たせ、サリエリのその嫉妬心が真に迫って感じられるからです。

時間が経った今、改めて観なおしたい作品です。




アマデウス
販売元: ワーナー・ホーム・ビデオ

Amazonのカスタマーレビュー(口コミ)

監督のミロス・フォアマン(原作のピーター・シェーファーがと言った方がよいのか)「洗礼名」であるミドルネーム「アマデウス」をタイトルに映画をつくり、劇の進行をアントニオ・サリエリという神聖ローマ帝国の宮廷のお抱え作曲家を据え、全編に渡ってアマデウスの作曲した音楽が響き渡り、オペラの場面が重なり合う設定は、曲の題名も判らぬ私にとってもスリリングで飽きがこないテンポで最後まで引き付けられて、考えさせられた構成は秀逸だった。
 にしても、オペラはその筋や内容が判らないと、やっぱり「歌舞伎」や「能」と同じでチンプンカンプンのところが出てくるのはいたしかたない。
 最近、日本の「コスチューム・プレイ=コスプレ」が欧米の若者を中心に注目されているとかのようだが、オペラとはそもそもからして「コスプレ」なんですな。
 そのオペラ300年の歴史風土に裏打ちされた欧米の若者が、突如「オペラの大衆化=街中オペラ」が「極東の地=日本」に現前化したことへの驚きを推察するのに、ミロス・フォアマンの「アマデウス」は示唆的である。

 オペラファンの方々は本質的にコスプレファンだったのか!

 しかし、18世紀のウイーンのロココな女性のファッションの表現は「寄せて、上げて」がすごく、アマデウスの妻コンスタンツェ(女優エリザベス・ベリッジ)を初めとする、当時の女性陣の谷間の深さは特筆もの?か?
 アマデウス(モーツアルト)自身はその死までキリスト者だったよーだが、監督ミロス・フォアマンはアンチ・クリストであり「神を笑う」凡庸な(と表現されている)アントニオ・サリエリも言うまでも無くアンチ・クリストである(になった)。
 これはミドルネーム=クリスチャンとしての洗礼名「アマデウス」を笑うと同時にアマデウスの音楽は称えざるを得ないアンチ・クリストの物語であり、サリエリという凡庸にして非凡な「人間」の物語である、と思う。

 サリエリは極真っ当な非凡な才能の持ち主なのに(人格的な崩壊が見られないのに)、18世紀のカソリックは、その人を「精神病院」とおぼしき施設に収容させている設定も「そーだったのか!」と改めて得心させられる秀作であると思う。





アマデウス
販売元: ワーナー・ホーム・ビデオ

Amazonのカスタマーレビュー(口コミ)

このストーリーは、年老いたサリエリが自殺を図り、病院で若い牧師相手にモーツァルトを殺したというおぞましい体験を語ることからスタ―トし、その理由とそこに行き着くまでの心理過程が明らかにされていく重厚な人間ドラマである。
鑑賞してまず感じたのは、1.サリエリの心理描写が克明だということ、2.各人物の背景の対比がはっきりしているので、主人公であるモーツァルトとサリエリの二人を常に比較しつつストーリーを追うことができ感情移入しやすいこと、3.衣装や劇場が非常に精緻で本格的であり当時の生活(上流階級の)、文化を堪能できたことである。
特に、1と2についてはここまで人間の内面の襞、暗部をえぐりだし、まっとうな人間が狂気に走らざるをえなくなる心理過程を丹念に表現したこと(ここにこそ焦点をあてて物語は進むとも感じられる)に感心させられた。曲が湯水のように頭の中で湧き上がる天才モーツァルトと、神を信じ神の偉大さを音楽で世に表現したいと願う敬虔で努力型のサリエリ。二人は能力においてだけでなく、幼少期の生活環境でも大きな違いがある。そんな相容れるわけも無い二人が宮廷という場で出会ってしまったことがサリエリだけでなくモ―ツァルトにとっても悲劇と感じた。
つまり、映画を観ているとサリエリの一方的な語りでストーリーが進むこともあって、サリエリの欠点ばかり目に付き圧倒的な優劣関係にあると思える二人の関係も宮廷という権謀渦巻く世界では一概にそう割り切れないと思えるのだ。
なぜならば、サリエリは宮廷内で確固たる地位と財を築くもモーツァルトこそが神に認められた者と感じ不平等を嘆き苦しむがその一方で、モーツァルトは音楽の天賦の才はあっても常識や金銭感覚、世情に疎いため宮廷内では味方を得られない世渡りの不得手さがあるからである。
なので、音楽という狭い範囲で考えればモーツァルトが優位にあっても社会一般で考えればサリエリの世渡りが勝っている。
一人の人間というレベルで分析すれば二人ともに欠陥があり、その自分の欠陥部分を取得しているのはサリエリであり、また、モーツァルトであるとお互いが理解し、お互いを認め合っていたのではないかと感じられた。音楽でしか自分を表現しみとめさせることができず、借金や宮廷内での軋轢に悩むモーツァルトと、確固たる地位はあっても自らの音楽でこそ周りを認めさせたいと渇望するサリエリ。2人ともそれぞれ欠点と悩みを抱え、モーツァルトはますます酒と作曲に没頭して命をすり減らし、サリエリは敬虔であったからこそその反動で神とその創造物モーツァルトを憎みさらに狂気に向かい2人とも悲劇へと突き進む。
私個人としては、このストーリーは嫉妬や復讐、天才と凡才という枠を越えた2つの違うタイプの生身の人間そのものに着目して「人間」というものを克明に綴った作品と思えてならない。
モーツァルトのオペラや音楽をいくつも堪能しつつ、ストーリーの奥深さをしっかりと味わいながら過ごす2時間30分は非常に有意義なものになると思います。お薦めできる作品です。





アマデウス ディレクターズカット スペシャル・エディション
販売元: ワーナー・ホーム・ビデオ

Amazonのカスタマーレビュー(口コミ)

まず全編通して非常にうまく作られている。導入でぐっとアマデウスの世界にひきつけ、中篇はモーツアルトの華麗な音楽に合わせて、後世の一説である「下品な小男モーツアルト」の非凡な才能が開花していく様が当時の宮廷音楽の権威サリエリの目を通して驚きに満ちた口調で語られ、後半はモーツアルトが若すぎる死に向かって堕ちていく様を彼自身の悲愴な音楽によって彩る。この映画で嫉妬するサリエリの姿が有名になってしまい、本当のサリエリはそうではなかったと史実から反論する動きもあるが、あくまでもフィクションとして、この映画は大変に面白い。話に動きがあり、起承転結があり、あっと驚くモーツアルトと妻コンスタンツェの姿は見るものを飽きさせない。時代背景の作りも完璧。ウィーンが舞台なのに英語なのがひとつだけ気になるが、映画のクオリティの高さはそれさえも圧倒してしまう。製作に巨額をかけ細部まで気配りの行き届いた、見て損のない映画。しかし映画中のサリエリのひがみ根性はひどすぎる。サリエリ派が弁護したくなるのも分かるような気がする。




アマデウス ― ディレクターズカット スペシャル・エディション
販売元: ワーナー・ホーム・ビデオ

Amazonのカスタマーレビュー(口コミ)

1:タイトル
1-1:
まずタイトルに注目する事。「ピーター・シェーファーのアマデウス 監督による編集版」。正確な学術論文的伝記ではなく「私的モーツァルト伝」と最初に述べている。
1-2:
しかもAMADEUSの最初のAと最後のSを大きくして、アマデウス・モーツァルトのAとアントニオ・サリエーリのSを表す。二人の「対決」を表し、結果は、アマデウスのラテン語の意味を知らなくても、アルファベットの順番から考えてもモーツァルトが「1番」。
だがアントニオにもAがあり重なってる。という事は?と単純ではない内容も暗示。
結果が明らかな歴史物語だから最初に全てバラしてる。
1-3:
この様にタイトルだけでもこの映画の出来の良さが分かる。
2:
主役はモーツァルトの数々の曲であり、サリエーリとモーツァルトは脇役にすぎない。
3:英語
シカネーダー一座の「大衆」オペラの台詞が英語。米国映画であり米国人にすれば大衆的と言えば英語。この場面のためにも全編英語にしたと私は思っている。
4:字幕
必要な場面が二ヶ所。
4-1:ドン・ジョヴァンニ「騎士長の場」
唯一繰り返し使われる曲(全編で5回)。死神の招待状を音楽で表したものとして使われ、その元になった歌劇を理解してるのがサリエーリだけでは困る。サリエーリの台詞が多く入れにくいのは分かるが必要。
4-2:レクイエム「コンフターティス」
死の床のモーツァルトがサリエーリに書き取らせ、完成すると流れる。死を目前にしたモーツァルトの気持ちを表す歌詞。この場面で字幕が入ったのは、私が観た限りでは没後200年にNHKで放送された時のみ。
4-3:
3枚組サントラ盤にも訳詞がないのでこれらの場面をより理解するにはCD等が必要(ドン・ジョヴァンニは福山庸治のマンガ(講談社他絶版)が面白い)。




アマデウス ディレクターズカット スペシャル・エディション
販売元: ワーナー・ホーム・ビデオ

Amazonのカスタマーレビュー(口コミ)

「天才」というものを語る上で欠かせないインパクトの強い映画。モーツァルトに複雑な感情を抱き続けたサリエリの独白という形で天才の人生が描かれる。天真爛漫、放蕩、突飛な行動、凄まじい集中力、揺ぎ無い自信、そして生前の不遇・・・
アートの世界の天才のイメージそのものの人生。圧倒的な才能に対するサリエリの思慕、羨望、苦悩を通して描かれ、人間臭いドラマに仕上がっている。才能ある者に対するこの種の感情は古今東西共通するものだからこそ、見るものを惹きつける。奇怪な笑い声と表情の可笑しさでモーツァルト、いかにも苦労人的な表情のサリエリのキャスティングも良い。




ラトルズ4人もアイドル!
販売元: バップ

Amazonのカスタマーレビュー(口コミ)

何かこのラトルズの『4人もアイドル』や、彼等のCDを紹介する時は、必ず元ネタ(ビートルズ)との比較などを楽しむとよいみたいなものを目にしてしまう。ところが本作品は、実は後にビデオで発売される『ザ・コンプリート・ビートルズ』の元ネタともいえる構成なのだ! その点を考えると元ネタはビートルズだが、ビートルズ解散後(コンプリート・ビートルズはジョン他界後の作品だし)の作品に大きな影響を与えているのである。そういう何がなんだか分からない元ネタ(どっちが?)を考えて本作品を見ると、笑いだけではなく、エリック・アイドルをはじめとするモンティ・パイソンの構成力の凄まじさを感じずにはいられないのである。




オール・ザット・ジャズ (ベストヒット・セレクション)
販売元: 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン

Amazonのカスタマーレビュー(口コミ)

ニューヨークの舞台シーンを味わうにはあとにも先にもこれが一番だと思う。ボブフォッシーは舞台と映画、両方で成功できた稀な演出家ではないだろうか。たいしたもんだなあと思うのは、演技や音楽はお手の物だろうが、モンタージュという映画特有の映像表現術においてもセンスの良さが見受けられることだ。「キャバレー」は素晴らしい映画だが、ある意味、ライザミネリの映画で、これは、ボブフォッシーの映画といえる。華やかなキャリアの人だったと思うけど、ドキュメンタリーで、個人の思い入れの強い映画が必ずしも一般受けしなかったという彼の苦い思いがあったというのは興味深かった。


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