この作品は舞台公演を録画したものではなく、スタジオ撮影のドラマ仕立てになっています。バレエ自体は舞台同様に進行されますが、様々なアングルから撮影され、かなり編集で手を加えられているようで、大変ドラマティックに仕上がっています。舞台特有の熱気や興奮、ダイナミックさは味わえませんが、表情の一つ一つや細かな描写が舞台とは違い、観る者に訴えかけてきます。
映画風なので話の中に入りやすく、おそらく初めは遊びであったであろうアルブレヒトの不誠実さと、そのあやふやな愛に裏切られたジゼルが丁寧に描かれています。そして「ジゼル」という作品の持つ本筋が見えやすくなっているように思われます。よく愛と献身や永遠の愛がテーマだと言われますが、むしろ「ジゼル」は“女性にとって愛するということ”をテーマにしたドラマだと、この映像からは受け取れます。だからこそ男性に裏切られ死んでいったウィリたちの存在意味がはっきりとしてきています。
ヌレエフ版の特長は、とにかく徹底的に王子の視点から物語が捉えられていること。オデット姫は理想の女性を追い求める王子の投影として表現され、中心はあくまでも王子です。なので物思いに沈む王子の内面を表現するソロが新たに付け加えられるなど、男性ダンサーの出番を多くしたヌレエフ版の特長がここにも出ています。
また「恋人を裏切った王子はその罪を死で償う」という観点から、ラストは王子は湖で溺れて死んでしまい、オデット姫はロットバルトに連れ去られるという救い難い悲劇で終わってしまい、初めてこのバレエを観た時はしばし呆然としてしまいました。
とはいえ、マーゴの美しいしっとりとした白鳥と、生命感にあふれた生き生きとした黒鳥は見事。ヌレエフの若さ溢れるすばらしいテクニックやマイムにもうっとりさせられます。
もう二人の生の舞台を見ることはできませんが、映像としてこの二人の最盛期の踊りを観れることは幸せなことですね。
メドーラ役のアルテナイ・アスィルームラトワは、現ワガノワバレエ学校の芸術監督でもありますが、当時は超人気プリマで、容姿端麗の上、確実なテクニックを持つ、黒髪でエキゾチックな美女です。
彼女は現在映像として残っている「海賊」の中で最高のメドーラと言われています。
コンラッド役のエフゲニー・ネフは印象はそう強くありませんが、力強いコンラッドをかっこよく踊っています。
それと、なんと言ってもアリ役の、ファルフ・ルジマトフ。
ルジマトフと言えば「アリ」と言われるくらいのはまり役で、しなやかな上半身と高いジャンプは圧巻です。
こんなスターが集まったこの3人が繰り広げる洞窟でのパ・ド・ドロアは涙が出るくらい華麗で見事です。
あ、奴隷商人のランケデムはアルテナイのご主人でもある、あのノーブルダンサーのザクリンスキーがやっています。
ひょうきんでありながら、確実なテクニックを見せてくれますよ。
ABTの「海賊」と見比べてみると、あちらのようなエンターティメント的なにぎやかさはありませんが、こちらはロシアバレエの良さが光ります。
個人的にはなんといってもアルテナイの素晴らしさにつきると思います。観て絶対損はないDVDですよ。