ジン(魔人)の登場する話の中に、実在のカリフ(教父)が登場します。
カリフは東洋の宗教者のようなストイックさは持ち合わせず、豪奢な館の中で大勢の美姫を従えながら、政務を執っているようです。
女性は異性に顔を見せてもならぬ、という厳しい戒律の中で生活しているはずなのに、淫奔で
信用ならぬ獣のように描かれてもいます。全ての女性は聖女か魔女で、その中間はない。
ではこの物語の作者は女性蔑視の男性か?というと、それにしては女性の心や体の動きについて的確すぎる描写が多数あります。
さまざまな感情渦巻くハレムの中で発酵し、濃厚かつ複雑に仕上がった物語は、お気に入りのモチーフを繰り返しながら、ペイズリーのように絡み合っています。
数珠つなぎの話を飽きさせないために、シェハラザード姫と妹姫のかけあい、王様の言葉が上手な合いの手となっています。
妹姫は説教臭い話では寝てしまうし、王様は王権が侮辱される話、王妃が浮気をする話では、青筋をたてて怒る、という芸の細かさ。王妃の浮気が原因で、人間不信に陥った程の王ですから、元来生真面目なのだろうな、と思います。
比較問答というモチーフがこの巻で初めて登場します。
白肌と黒肌の美女、太めと細めの美女、黄肌と茶肌の美女に、それぞれ自分を誉め相手をけなす問答をさせる。
あるいは男性の恋人として、女性と少年とどちらが優れているか。
女性の恋人として青年と中年とどちらが優れているか、など。
こすると魔人の現れる魔法の指輪。
財産を使い果たした放蕩者が、美しく賢い女奴隷に救われる話。
王者が海でなくした指輪を、正直者の漁師が魚の腹から見つける話。
漁師が網でとらえた魔人のお陰で、幸せになる話。
海の王国の王女と結婚した王子の話。
空の魔人の王女と結婚した王子の話。
禁断の扉を開けたために楽園から追い出される話。
鳥に化身する姫から羽衣を奪い、妻とする話。
これらのモチーフが贅沢にちりばめられ、交響曲のようです。
話のはじめの頃の、幾段にも話を入れ子にする形式は影をひそめ、ひとつの話をじっくりときかせる文章になっています。同じ事柄を話すにも、巻が進むほどに装飾が多くなるようです。
アラビアン・ナイトにつきものの魔人には、ジン、イフリート、マリードなど多くの仮名が充てられています。イフリート、マリードなどはジンの1種、とする説もあり、また5種の魔物がおり、強い順にマーリド、イフリート、シャイターン、ジン、ジャーンとなっている、という説もあるようです。
「刺青用の針で目の内側に刻まれれば、注意深くこれを読むものには教訓となることであろう」
「かもしかのごとき美女」
「14夜の月のように完璧な美しさ」
などのお約束フレーズも各所に登場。
アラビアンナイトというと中東の不思議な物語、というイメージでしたが、魔法と魔術の類はシナとかエジプトとかの遠くの国で起こる事のよう。
私たちがアラビアに対して抱くようなエキゾチックな印象を、アラビアの人は中国やアフリカに対して持っていたのですね。
イスラム教ではイエス・キリストはマホメットの前の代の預言者で、キリストのことも預言者として認めている、と聞きましたが、キリスト教徒やユダヤ教徒をとっちめる話も多く、殊に戦争での敵としての描写では「顔に糞を塗る習慣がある」などと根も葉もない(にちがいない)罵詈雑言を浴びせています。
十字軍の時代の欧州の、イスラム教徒に関する著述と読み比べたら面白そうです。
語り姫シェハラザードが、夜毎王に話を聞かせてはや2年半。
巻半ばで、王が語り姫にようやく心を許しかけた様子を見せます。
語り姫が狂言まわし役につれてきた妹姫は美しく成長し、王との間に新たな展開のありそうな予感です。