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和書 492116 (235)



西田幾多郎哲学論集 1 場所・私と汝―他六篇 岩波文庫
販売元: 岩波書店

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 著者は西欧の哲学を主客分離と捉え、その乗り越えとして主客非分離の哲学を東洋の論理として立てようとしているようだ。既成概念の問い直しとしての、概念の前提の前提がひっくり返されてゆく。しかし、そうした試みは勿論現象学から影響を受けているのだが、著者は「場所」という概念を出してくる。確かに物理学に対してその根拠として観測者を立てるというやり方はあるが、それを場所として主客合一をはかろうとするには批判も多い。実存が消去されるように見えるからだ。どうも西田を擁護するものはレトリックに陥っているように思える。西田自身は場所論に認識と歴史の問い直しもこめている。




パイドン―魂の不死について (岩波文庫)
販売元: 岩波書店

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ソクラテスが刑死する直前に、弟子達に語った「魂の不死について」の話。

「人間は魂と肉体からできており、死ねば肉体は消滅し、魂は消滅せずに冥界へ行く」というソクラテスの考えに対し、弟子達が「肉体が消滅すれば魂も消えてしまうのではないか」とか「肉体が消滅した後魂が残っているとしても、それが不滅かどうかはわからないのではないか」といった問いかけと共に鋭く反発し、さらにソクラテスがそれに対して自説を証明し、弟子達を納得させるという構成。
ただ、この人達は細か〜いところまでおかしいと思ったところは何でも考えこむのに、人間は魂と肉体でできているっていうところだけは何の疑いもなく信じてしまってるところは可愛らしい(笑)

自分が毒杯を仰がなければならないまさにその日に、弟子達と「魂の不死について」を語り合うとは流石ソクラテス(笑)
そして、その状況を対話篇にしたプラトン。
プラトンの文章は本当に上手だと思う。
ソクラテスが実際に語ったことと、プラトンの想像(創造)と、両方混ざってるんだろうけど、とてもわかりやすい。哲学をかじったことがない人でも大丈夫だと思います。

ソクラテスが毒杯を仰ぎ、死んでしまうところで文章が終わるので、最後は少し悲しいかも(ソクラテスは全く悲しいことでもなんでもなく、弟子達が悲しむ必要も全く無いと思っているのだが、その理由は本書を読んで下さい)。

「死んだ後、人間の魂はどうなってしまうんだろう?」と考える人は、ソクラテスに説得されてみて下さい。





不安の概念 (岩波文庫)
販売元: 岩波書店

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本書は『死に至る病』と並ぶキルケゴールの主著である。
両方を読むことでキルケゴールの全貌が明らかになる。
キリスト者(イエス=キリストのように受難の道を歩む者)であるキルケゴールの姿が垣間見える。




福沢諭吉家族論集 (岩波文庫)
販売元: 岩波書店

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福沢諭吉教育論集 (岩波文庫)
販売元: 岩波書店

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福沢諭吉の手紙 (岩波文庫)
販売元: 岩波書店

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福沢諭吉の哲学―他六篇 (岩波文庫)
販売元: 岩波書店

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 福沢諭吉の言説を追ってゆくと、その時々に応じて様々に変化していく。ある時には民権の拡張を唱え、またある時は富国強兵を主張する。朝鮮の政治指導者を保護するかと思えば脱亜論を発表するなど、後世の我々は、その振幅の激しさに戸惑わされることが多い。そこから福沢を変節漢・機会主義者と罵る声も起こってくるわけである。
 丸山は福沢の著作を丹念に読み解き、一見矛盾に満ちた福沢の言説にある一貫性を明らかにしていく。その作業は良質の推理小説を読むような知的興奮を読者の我々にもたらしてくれる。読むべき一冊である。

 ただ、福沢に関する予備知識がないと、学術論文だけにちょっと読むのが難しいかもしれない。同じく丸山による『「文明論之概略」を読む』や『福翁自伝』などもあわせ読むことをお勧めする。




物質と記憶 (岩波文庫)
販売元: 岩波書店

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文法の原理〈下〉 (岩波文庫)
販売元: 岩波書店

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 上巻、中巻と展開してきた「文法の原理」も、本巻をもってついに完結する。
 全ての点で豊富な事例や優れた洞察に満ちているが、特に複雑で知られる英語の時制に関する議論が興味深い。
 全巻通じての索引、原著の正誤表なども充実しており、原著が手元にあったとしても十分に参考になるところの多い翻訳である。




文明論之概略 (岩波文庫)
販売元: 岩波書店

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福沢の文明の定義はギゾーの文明論を下敷きにして成立している。文明は相対的であるが、それは野蛮あるいは非文明に対するものとして文明を考える点で構造的であると子安はいう。野蛮や非文明がなければ、文明もない。これがギゾーと共有する文明の定義である。また、家族は市民社会と対立し、家族は否定的前提として市民社会に対立する自然的結合体である。家族から国家へという人倫体の展開過程として捉えられる和辻倫理学とも違う。
文明は文明的な社会であり、国家である。それはつねに野蛮や未開、非文明と対置される文明である。ここで言われている非文明、反文明はなによりもまず東洋の文明である。西洋文明の成立は後進アジアとともにはじまる。だからその叙述も東洋をもってはじまる。その東洋とは、インドであり、中国であった。



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