ピタゴラスが宇宙の調和の原理を「数」に発見し、
それを音楽においても適用したことで、
音楽の中にイデアを発見したのだが、
カストラートの擁護者が、
去勢することで天使の声を獲得すると言ったのも
こうした思想が擁護論の理論的背景になっていた。
カストラートと言うと、オペラ劇場での活躍ばかりが目立つが、元来教会付属の音楽院で誕生し、
それがオペラの流行という時代の潮流と合致して
彼らは華々しくデビューしていくのである。
イデアという人間を超越したところの存在に、
去勢という非「人間」的な行為を通して
到達しようとした当時の人々の心理は、
ロマンティックですらある。
彼らは、神に犠牲を捧げることによって、天使の声を獲得したのである。
だとすれば、彼らの声が『神の国』のものであるとする考えにも、多少とも論理的な説得力がある。
「怪物」とも揶揄されたカストラート。
彼らが、「人間」でなく「怪物」であるなら、
それ故に、「人間」には獲得できなかったイデアを
獲得しえる可能性を秘めていたのではないだろうか。
イデアを彼岸のものとして諦めてしまうのではなく、
さまざまな手段を講じて、そのイデアを獲得する、
という精神に、生が高揚していくのを感じる。
このようなことを考えながら歌っていたカストラートがいたかどうかは、もはや知る由もないが、
こうした意味で、カストラートという生き方は魅力的だ。
カストラートは、ヨーロッパにおいては、ビザンツ帝国やスペインで生まれたらしい。
ともに、イコノクラスムやレコンキスタに現われているように、オリエントの影響力の強い地域である。
カストラートというオリエント的な文化が
禁欲的なキリスト教神学をある意味では昇華していったと言うこともできるのではないだろうか。
本書に関して言えば、
逸話の類が散りばめられていて読みやすいし、
著者の表現も時にユーモラスであり、
ジョークもある。
良い本だと思う。
この本は文庫版ですから、こだわりの強い人にはどうして大型本じゃないのかと文句をつけられるかもしれません。しかし、写真集が出ただけでも贅沢。
カメラテストにおけるヴィヴィアン・リーのメイクやドレスも、結構本番のものと違っています。出演者のエピソードも収められていますよ。