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和書 529056 (192)



鉄槌! (角川文庫)
販売元: 角川書店

Amazonのカスタマーレビュー(口コミ)

面白かった!
の第一声。と同時に、裁判って本当に面倒ですね。
TV番組の影響か法律が身近になって何でも「訴えてやる〜」という訴訟社会化していますが個人が裁判をする事がどれだけ面倒か・・・。
個人対企業の裁判って本当に大変。
ましてや刑事裁判って本当に大変なんだなぁ・・・とニュースを見て思ったほど。
TVドラマよりよっぽど迫力があり、「勝訴おめでとう」と著者に素直に言ってあげたくなりました。




定本 物語消費論 (角川文庫)
販売元: 角川書店

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RPGが流行りだした頃、世の中がこんなにも物語に餓えているのかと
驚いたことがある。ようやく大きな物語が薄れかけたかと思いきや、
人々は新たな物語を求め始めた。まるで、剥き出しのナマナマしさと対峙し
吟味することの責任から回避するかのように・・・
単なるモノとしての商品ではなく物語、つまり記号を消費する段階へと大勢
がシフトしはじめたということだろう。
本書はその頃の転換期を全面的にボードリヤールをタネ本としながら論じた
ものだ。






戦う哲学者のウィーン愛憎 (角川文庫)
販売元: 角川書店

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作者の個性なのか、職業的な感覚なのか。
いずれにしろ、日本を出なくとも「自分以外のモノをどれだけ受け入れ、自分との折り合いをつけていくか」が国や世間、人との付き合いだと思うのだが、どうもこの作者の視点、行動からはそれが読み取れない。
そして、相手の言動を非難してばかりのような感じがする。
(その点はいかにも彼の職種にふさわしい行動だが)
ただ、思考や行動が「日本人的」であり、それゆえの体験談はこれから海外に出かける人への参考になるかもしれない。




大衆の反逆 (角川文庫)
販売元: 角川書店

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「大衆」に「真の貴族」を対置し、現代の社会を当時から予言しているかのような本書。大衆とは何か。なぜ、自らに多くを課さず、しかし権利を求め、凡庸であろうとすらするのか。
オルテガは、大衆は自らで自らを導こうとしないとしつつ、そのような状態を深く批判的に解き明かしていく。また、その背景に知識人が専門のみにこだわり教養を無くしたことも同時に批判していく。
現代について考える時、避けては通れない一冊であろう。




総理大臣という名の職業 (角川文庫)
販売元: 角川書店

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先見力―90年代の日本の選択 (角川文庫)
販売元: 角川書店

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政変 (角川文庫 (6596))
販売元: 角川書店

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星条旗と青春と―対談:ぼくらの個人史 (角川文庫 (5931))
販売元: 角川書店

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日本がアメリカに、戦争だけでなく文化的にも敗北したこと、そして、文化的な敗北は戦後長年月をかけ、日本人自らの意志によって行われたことを、対談者二人の体験談を通して知る本である。映画の話などはあまりにもマニアックで、私などにはついていけないけれど、アメリカ文化の受容史や戦後日本文化論は、とくに小林氏の独壇場である。但し1980年出版(文庫は1984年)であるから、その後の日本の大迷走についての記述はない。

鬼畜米英から白人文化礼賛へ、終戦とともに大転換して恥じぬ日本人の心性、その後も一貫して、公私ともにアメリカへの盲従を続ける日本人の心性は、この世代がこの世にあるうちに、一度よく検証しておくべきではないか。終戦前後に、例えば学校で、大人たちが演じた醜態を、それこそ映画のような媒体で描写するのも悪くないと思う。

ところで、私は対談を読むのが苦手である。著名人の小遣い稼ぎ、というイメージがどうしても消えないこと、つい会話の速さで読んでしまい、肝心なことを十分理解せずに済ませてしまう傾向があること、が、その理由である。かつて私が本当に楽しんだ対談集は、椎名誠「喰寝呑泄」(集英社文庫)における東海林さだおとの対談のみであった、といってよい。本書も、片岡氏に不満はないが、対談の主導権と内容から考えて、小林信彦単独の著作にした方が、私としては理解しやすい本であっただろうと思う。





政治家とカネ (角川文庫)
販売元: 角川書店

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世紀末の作法―終ワリナキ日常ヲ生キル知恵 (角川文庫)
販売元: 角川書店

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 1959年に生まれ、転校で6つの小学校に通い、中学時代に学園紛争を経験し、大学で社会学理論の実効性に疑問を持ち、リクルート社と提携したマーケットリサーチ会社を設立した、主にルーマン理論(複雑性の縮減など)に依拠する社会学者が、90年の統計データの解釈の困難に直面してフィールド調査に乗り出し、1993年以降に発表した膨大な依頼原稿の内、短いものをまとめて1997年に刊行した300頁強の本。第一章現象編では、主としてブルセラ女子高生とテレクラをダシにして、世間の細分化=島宇宙化、道徳的に生きる為の動機付けの欠如、コミュニケーション不全といった現在の日本社会のあり方が析出される。第二章背景編では、その背景として成熟社会化に伴う共同体の解体と社会の複雑性・無根拠性の露呈、現実の虚構化が論じられる。第三章提言編では、それを踏まえて従来の共同性の自明性に依拠する過剰な規範性に基づく「オヤジ的」説教の無効性が強調され、単一の所属に安住しないこと、異質な他者との共生のための明示的ルールの必要性、社会を運営する者の動機付けの調達の必要性がとりあえず提唱され、複雑な社会の中でまったりと生きる女子高生的な生き方が戦略的に肯定される。以上のように本書は、援助交際問題を焦点としつつ、サブカルチャー、郊外社会、マスメディア、文化比較、オウム問題、大学と家庭の変化、尊厳死問題、歴史認識問題等、幅広い材料を用いて、現代日本の大きな社会変動を論じた本である。特に性倫理面での提言には理論先行の感も禁じえないが、現代日本社会の生きにくさの原因を社会理論をふまえて的確に指摘する著者の分析の鋭さには脱帽する。著者の提言が、社会の複雑性と無根拠性を踏まえた当座の「戦略的」なものであることに注意。私見では、「場」と「職業」に基づく倫理とその動機付けが再構成される必要があるように感じる。              


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