戻る

前ページ   次ページ

和書 554250 (148)



ベルリンへの長い旅―戦乱の極東を生き延びたユダヤ人音楽家の記録
販売元: 朝日新聞社

Amazonのカスタマーレビュー(口コミ)

 この本は、1928年にベルリンで生まれたユダヤ系ドイツ人のヴァイオリニストで、1961年から1994年までベルリン・フィルのメンバーだったヘルムート・シュテルン氏の自伝的回想である。
 シュテルン氏は、1938年、第三帝国下のユダヤ人迫害により、家族と共に、満州国のハルビンに移住する。そして、その満州で、11年の歳月を過ごし、イスラエルに移住する。そして、イスラエル・フィルに入団するが、後にアメリカ生活を経て、ベルリンに戻り、ベルリン・フィルのメンバーと成って居る。
 この本は、そのシュテルン氏の激動の人生の回想である。読んで居て、何の罪も無いシュテルン氏とその家族を迫害した者達への怒りを禁じ得ない事は当然であるが、それと共に、この本を読んで興奮させられたのは、シュテルン氏とその家族が、その激動の時代の中で、日本と満州にいかに出会ひ、関わったかである。
 中でも、氏が回想する戦前、戦中、そして戦後の満州の状況には、他書では読む事の出来無い貴重な回想が含まれて居る。−−例へば、満州国におけるロシア人、ドイツ人、ユダヤ人などの生活ぶりやお互いの関係、中立条約を破って満州国に侵攻したソ連軍が、戦後、満州のユダヤ人をどう扱ったか等の点についての著者の回想には、それが、ユダヤ人自身による回想であるだけに、極めて興味深い物が有る。−−現代史に関心の有る読者に本書を推薦する。

(西岡昌紀・内科医/ソ連の満州侵攻から61年目の夏に)




ベレンソン自叙伝―肖像画のスケッチ
販売元: 玉川大学出版部

Amazonのカスタマーレビュー(口コミ)






ベートーヴェン 32のソナタと演奏家たち〈上〉
販売元: 春秋社

Amazonのカスタマーレビュー(口コミ)






ベートーヴェン 32のソナタと演奏家たち〈下〉
販売元: 春秋社

Amazonのカスタマーレビュー(口コミ)






ベートーヴェン 32のソナタと演奏家たち〈中〉
販売元: 春秋社

Amazonのカスタマーレビュー(口コミ)






ベートーヴェンの耳
販売元: ビジネス社

Amazonのカスタマーレビュー(口コミ)






北京のセールスマン
販売元: 早川書房

Amazonのカスタマーレビュー(口コミ)

 かの有名なリアリズム演劇の金字塔「セールスマンの死」を書いたアーサー・ミラーが1983年にこれを北京で演出した時の、ミラー自身が書いた記録。
 演劇にかかわらず、この本は創作にたずさわる全ての人にとって、興味深いエピソードと、多くの示唆に満ちている。
 一つの作品を作りあげていく上での苦労、人が向き合わなければならないもの、その姿勢。
 ミラーが社会に対して向ける眼差しも、冷静で鋭く、厳しく、それでいて人間性そのものに対する温かさのようなものが感じられて、読むたびに、さまざまなことをを考えさせられる。
 ぜひ読んでおきたい一冊。




ペルセウスとメドゥーサ―ロマン主義からアヴァンギャルドへ
販売元: ありな書房

Amazonのカスタマーレビュー(口コミ)






方円漫筆
販売元: みすず書房

Amazonのカスタマーレビュー(口コミ)

 人類にとって馴染み深い図形に関する端正な省察の書。やや難解な部分もあるが、注意深く読み進むうちにいつの間にかものを見る視点が
 リフレッシュされている事に驚く。




放熱の行方
販売元: 講談社

Amazonのカスタマーレビュー(口コミ)

著者の吉岡忍氏は、1948年生まれの団塊の世代であり、1965年生まれの尾崎とは、年齢の差があり、尾崎のファンではなかったそうです。とはいえ、尾崎の生前から、リリースしたアルバムはすべき聴き、コンサートにも足を運んでいたというだけあって、本書では、歳の離れた友人としての気持ちを込めて、尾崎を「尾崎は」という三人称単数扱いではなく「きみは」という二人称単数で呼びながら、共感と違和感を、やさしさときびしさをもって記述・批評しています。これがまず特色です。

次に、尾崎の父、妻、音楽プロデューサー(須藤晃氏)、雑誌編集者(見城徹氏)、アート・ディレクター(田島照久氏)、元マネージャーはもちろん、元所属事務所社長、旧友、通っていた高校の校長にまで取材を行い、尾崎の著作、インタビュー、ファンクラブ機関紙にまで眼を通しているので、尾崎の伝記として非常に読み応えがあります。

第三に、著者自身がノンフィクションは文学とジャーナリズムとのあいだにあると書いているように、本書は、尾崎の歌詞に対する文学的理解・批評と、尾崎とその同時代的背景・歴史的背景に対するジャーナリスティックな分析・批評とを兼備しています。岡林信康、都はるみ、消費社会、学校教育、高度成長などの話題が出てくることや尾崎のジャーナリスティックな視点・分析の欠如を厳しく指摘することが読者の鼻につくこともあるでしょう。でも、批判が当たっていないことはないですし、いやなら読み飛ばせばいいことです。

一般的な尾崎観は20代の尾崎の作品すべてに厳しいものです。著者の尾崎観は、尾崎はよるべきなき時代の申し子としての成功のゆえに失敗したと主張し、『街路樹』や『誕生』に批判的でありながらも、『放熱の証』に一種のわびさびの境地を積極的に見出すものです。そこに、本書の独自性があるように思います。


前ページ   次ページ

戻る

仮想世界 - シューティング/レース/電車ゲーム フライトシミュレータ