ちなみに、この作品を基に長編作「白昼の悪魔」が書かれており、さらに、「白昼の悪魔」は、あの有名な「地中海殺人事件」として映画化されているのだが、これらとは殺人のトリックが全く異なっているので、これらを知る人が見ても、興醒めすることはないだろう。
「4階の部屋」では、よりによって、大胆不敵にも、ポワロの事務所兼自宅のある、ロンドンのホワイトヘブン・マンションで殺人事件が起きる。ポワロの事務所兼自宅の真下の4階に住む若い女性が観劇から帰り、部屋に入ろうとして、鍵を紛失していることに気が付く。そこで、彼女の婚約者たちが、荷物用リフトを使って部屋に入ることになったのだが、彼らが誤って入った3階の部屋には、引っ越してきたばかりの女性の死体があったのだ。
ポワロは、劇中劇のミステリの方では、「芝居の謎など、本物の事件とは比較にならん」と豪語しながら、見事に犯人をはずしてみせ、ヘイスティングスに賭け金をせしめられてしまうのだが、本物の事件の方では、瞬時にトリックを見破ってしまうコントラストが面白い。ちなみに、犯人をはずした言い訳をするポワロの台詞に、ジャップ警部が絶妙の間合いで登場するシーンには、思わず吹き出してしまうこと請け合いだ。
完全版を選ぶとこれまでのフルスクリーンではなく、ワイドスクリーンで見れるので、旧シリーズで購入している私のような者にはこれもまた時の流れを感じさせてくれることのひとつです。
私にとって国内産の海外ドラマDVDの欠点は値段が高いことですが、良点は日本語吹き替えがあるところです。
そこで、購入に際しては吹き替えのクォリティが気になるところですが、このドラマは吹き替え役者もシブイ俳優ばかりでけっして期待を裏切りません。
字幕もいいですが、吹き替えは画面をゆったり味わえるのでより気楽な気持ちでストーりィに集中できます。
確かに「殺人事件」なのですが、ミステリィ物としての価値だけではなく時代物として、小物や衣装、車など見るべきものはたくさんあり、繰り返して見たくなるような作品です。
事実、ストーリーとしては面白く、誰が犯人で、どんな種明かしが用意されているのかと期待を抱かせるに十分なのだが、「船上の怪事件」という原作邦題が言い得て妙な、怪しげなトリックには、ちょっと無理があるかも。
「なぞの盗難事件」は、国の将来を左右する新型戦闘機開発に携わる男が、政府の信用と援助を得るため、その設計書を餌に、ドイツのシンパと噂される女性を罠に掛けようとするのだが、その設計書が、本当に何者かに盗まれてしまうという物語だ。
この作品の原作は、短編作「潜水艦の設計図」を忠実に拡大して、中篇作として書かれたものである。中短編作とも、読者を惑わす一ひねりのからくりを効かせ、中編作では、さらに、ポワロの捜査の過程も丹念に描写しており、いずれも良く出来た作品だ。テレビ版も、十分、面白い作品であることには違いないのだが、50分という短編枠の中では消化し切れなかったのか、もう一ひねりのからくりをカットしてしまっているのが残念といえば残念。
ちなみに、原作では「ヨーロッパのある強国」とされているスキャンダルの相手国が、このテレビ版では、日本とされている。
原作では、トランプ占いの予言者が「クラブのキングに気を付けろ」と警告する設定となっており、これが作品の表題になっているのだが、撮影所のボス(原作では興行主)を指していると思われたこの予言には、もう一つの意味が重なっていたことが明らかになる。
ちなみに、ポワロが封印した事実については、原作では一切、語られておらず、テレビ版オリジナルなものである。
「夢」は、中短編集「クリスマス・プディングの冒険」で、クリスティー料理長が、「選り抜きの添え物料理」の一つとして紹介している短編である。
ある日、ポワロが「ワーグナーの16分音符と同じで、最悪だが、数は最高」と皮肉るパイの製造会社の社長からポワロのもとへ、奇妙な相談の手紙が届く。「毎晩、私は同じ夢を見る。時計の針が12時28分を指すと、社長室で、拳銃を取り出し、自分を撃つ」というのだ。後日、その夢は現実のものとなり、同じ時刻に、同じ場所で、同じ方法で自殺していた社長が発見される。果たして、本当に自殺なのか、それとも…。