槍働きで名を挙げることを望み、それだけの力を持っていながらも官吏としての才能にもたけ、官僚として仕えて重宝がられ出世はするものの、心の底ではどこか満たされない思いを持ち続け、まだ働き盛りのうちに不治の病におかされる。やりきれない思い、満たされない思いの全てを天下分け目の合戦にぶつけて凄絶な戦死をとげる。武者ぶり・男ぶりもよく、物語としてはきれいにまとまってはいるものの、果たして実際にそこまで潔かったのか、悟りきっていたのかと疑問に感じてしまいます。武将として名を挙げられなかった引け目、不治の病にたいする苦悩などを掘り下げて書いていたら、男ぶりは落ちるかもしれませんが、もっと人間臭さが伝わってきたのではないでしょうか。あまりにきれいに書かれすぎているように感じました。
とくに面白かったのが、坂本竜馬暗殺について書いた
「近江屋に来た男」
主人公の最後の台詞が利いています。
又、柳生新陰流の話
「一つ岩柳陰の太刀」
の剣戟の描写が秀逸です。
奥方が活躍する話もありワクワクしながら読みました。
短編ですので、どのお話から拾って呼んでも楽しめます。
明治維新後の世相がこんな風に落ち着かないもので、不平士族の乱がたびたびおこり、政府軍が敗走していたということに驚かされました。
「明治6年の政変の際、鹿児島県士族の多くが職をなげうって帰国したため東京の巡査が足りなくなった。そこで、旧会津藩士達300人が採用された。
西南戦争勃発の際この採用された旧会津藩士達が大活躍し、
『東京巡査と決死隊がなけりゃ今は東京に踊りこむ』
と薩軍の間で歌われた。」
という史実には驚きました。
又、そのなかに元新選組隊士の斎藤一が加わり「戊辰の復讐戦」と刀をふるっていたというくだりを、興味深く読みました。
この戦いのなかで藤田五郎が、右腕に銃弾をうけながら、「くそ、おれは左手も利くんだ」と指揮をとりつづけようとした。という場面は目頭があつくなりました。
私は、知らなかった歴史上の出来事が、次々と出てきた物語でした。