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和書 508066 (12)



あの戦争は何だったのか―大人のための歴史教科書 (新潮新書)
販売元: 新潮社

Amazonのカスタマーレビュー(口コミ)

太平洋戦争開戦当時石油の備蓄量は一般国民が知らされてたものよりはるかに多かったというのは真実である。この点で他のレビューで批判されているのは当たらない。そして、大平戦争開始の責任を陸軍よりも海軍にあったとしているも首肯出来る。この本では黒幕として海軍軍務局の石川信吾が名指しされている。ここら辺りは評価している。

しかし、連合艦隊司令長官の山本五十六を最終的に評価していないながら、記述として"戦術家"の指揮官として「天才的」と評したのは全く納得がいかないところだ。山本五十六のどこが天才的なのか?また、重用した黒島のどこに特別な才能があったというのか。ここに著者の戦後にはびこる海軍および山本五十六美化の残滓を見ることが出来て残念である。

山本五十六は歴史上類例を見ないおぞましい人間である。これから国運を賭けた大戦争を始めようとするときに軍艦に愛人をよび性愛にふけっていた。軍艦から愛人に出したラブレターが残っているがふやけていて気持ち悪い。古来からこうした行為は武運を汚すものとして戒められて来た。

山本は生涯一度たりとも戦争の前線に出たことのない海軍の官僚にすぎないのだ。性格は子供っぽく幼稚で部下の死なども全く意に介さない腐りきった人間だった。自己の大過失を隠すために無謀なガダルカナル作戦などを仕掛けて多くの部下を殺そうと意図し実行した。まさに狂人である。

それなのにそうしたことにこの本は切り込みが不足している。






あの日…―『ヒロシマ・ナガサキ死と生の証言』より
販売元: 新日本出版社

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あの日夕焼け―母さんの太平洋戦争 (ぶんりき文庫)
販売元: 彩図社

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あの頃日本は強かった―日露戦争100年 (中公新書ラクレ)
販売元: 中央公論新社

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日露戦争について、国力の劣る日本がロシアに勝利した要因を、両軍の司令官の資質の違い、下士官以下クラスの教育水準の違い、諜報活動や、戦争後をも見通した大局観を持ちつつ日本に対する同情を効果的に利用した外交活動を行ったこと等に求めている。一方で、第三軍を率いて旅順を攻撃した乃木希典については、司令官としての資質の低さから多くの犠牲招いたとするなど非常に手厳しい。大局的な戦略を持つことは重要であるにしても、個人の資質や、そこから来る戦術の出来不出来、個々の戦闘の結果というものが、戦争の帰趨を決定していくという考え方に全体的が貫かれている。




あぶない世界史〈1〉創世紀~古代ローマ篇 (福武文庫)
販売元: ベネッセコーポレーション

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あぶない世界史〈2〉中世ルネサンス篇 (福武文庫)
販売元: ベネッセコーポレーション

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あるとしか言えない―赤城山徳川埋蔵金発掘と激闘の記録
販売元: 集英社

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いまやテレビ放映されることも(スポンサーもそして局も)なくなってしまったので
ヤングな向きは知らないかもしれないが……ジブリがいっぱいな広告の人・糸井重里は
一時期、大スペクタクル・ドキュメントとして「徳川埋蔵金」を本気で掘りまくっていたんだぞ!
表紙の写真がないのは非常に惜しいですが、ヘルメットにツルハシ握った糸井氏が、
非常に深刻な面持ちで空を見つめるデザインです。
これがハンパなギャグだったりしたらすごく鼻白むんですけれども、
これまたすごく真摯に取り組んでいる、というところがすばらしいです。
ふるさと創生基金の余っていらっしゃる地方自治体の方には、ぜひこのような振興をお勧めしたいと思います。
いまなら、(メジャーどころでは)やってる人も少なそうなのでド目立ちチューンだぜ!




あるミイラの履歴書―エジプト・パリ・東京の三千年 (中公新書)
販売元: 中央公論新社

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ある初級将校の敗戦日記 (光風社文庫)
販売元: 光風社出版

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ある巡礼者の物語 (岩波文庫)
販売元: 岩波書店

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私はキリスト教の教義については一般的な日本人と同様にほとんど知らない。第一、聖書についても通り一遍しか読んだことが無いし、それらの内容の理解についても基本的なことが大部分欠けているだろう。

にもかかわらず、ロヨラのこの自叙伝について私は異教徒であるにもかかわらず、尊敬と畏怖の心を持たずには読めない。

その私の心はどこからくるのであろうか。一つにはロヨラが全く神の意思を例えば旧約聖書にでてくる預言者たちのように逃げることなく全てその身に引き受ける行動力によるものである。そしてもう一つ、私が驚いたことは、ロヨラが自分の考えでなく、神の御意思に導かれ、その意思を疑うことなく行動することである。その思考形式は日本の他力思想、特に真宗の教義を思い起こさせ、その類似点には驚かざるを得ない。又、ロヨラが折々に見た数々の奇跡の記述は、私に法然上人が臨終の際に「みなには言わなかったが昔からわが前に常に阿弥陀如来のお姿が見えている」と吐露した言葉を思い起こさせる。

一人の巡礼者がキリスト教のみならず、異教徒の心まで動かすとは、人間の心と言うのは全てどこか共通しているものがあるのか。


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