舞台は東西冷戦時代、トルコのイスタンブール。黒海とマルマラ海を結ぶ交通の要衝、ボスポラス海峡を臨む。マルマラ海で演習中のアメリカの潜水艦が、突然消息を絶つ。国籍不明の潜水艦-おそらくソ連の潜水艦-に撃沈された可能性が濃厚。だが、ソ連の潜水艦が、トルコの厳重な監視をくぐり抜け、黒海からボスポラス海峡を通って、マルマラ海、ひいては地中海に出る事に成功したのだったら一大事。CIA は真相究明のため、マルコを現地に派遣する。
本書はシリーズ第1作だが、後の作品に比べておとなしすぎるという理由で、創元推理文庫ではわざわざ二番手に位置づけられている。だが私は、セックス&バイオレンス過剰の後の作品よりも、本書の方がずっと好きだ。まず、地政学的に興味深い舞台設定にそそられる。そして、謎解きのおもしろさと、スリリングかつユーモラスな話の運びを、存分に楽しめる。ハッピーエンドに若干の影をさす、意外なオチも印象的。
また、本書ではキャラクターたちが、特に生き生きとしている。マルコのいかにも貴族らしい、おっとりとした魅力がよく出ている。火の玉のようなベリーダンサー、ライラは、本シリーズで私がいちばん好きなヒロイン。後にマルコの個人的な右腕となる、ちょっぴり頼りない殺し屋のクリサンテムに、腕っぷし面でマルコをサポートするCIA のゴリラ・コンビ、ジョーンズ&ブラベックと、準レギュラー・メンバーたちの活躍も楽しい。
舞台はイランだが、パーレビ国王の暗殺を防ぐ話と、ものすご~く古い。私が本書を最初に読んだのは1979年の年末だが、その年早くにイスラム革命でパーレビ王制が打倒されており、その時ですら時代遅れに感じた。今では隔世の感があり、人にお薦めするのは気が引ける。それでも、物語としてはとてもおもしろく、プリンス・マルコ物で私が最も好きな話の1つ。
クーデターを企てているのは、現地のCIA 責任者と秘密警察長官。マルコは、親米ではない中立国で、現地の権力者を敵に回し、孤立無援に近い戦いを強いられる。さすがのマルコも、前作「イスタンブール潜水艦消失」のような余裕はなく、話がずっとスリリングになっている。特に、終盤のサディスティックな秘密警察長官との対決と、クライマックスの”空中戦”の迫力は圧巻。
また、政治情勢は時代遅れでも、風俗描写は興味深い。特に印象的なのは、いつもファルダ(明日)と答えて、露骨にノーとは言わないが、決して首を縦に振ろうとしない文化。また、パーレビ時代のイラン女性が、かなり開放的だった事もうかがえる。